健康コラム

薬剤関連顎骨骨髄炎について

歯科口腔外科

歯科口腔外科 部長 太田 信介

薬剤関連顎骨骨髄炎について

「薬剤関連顎骨壊死」「薬剤関連顎骨骨髄炎」という言葉をご存知でしょうか?骨粗鬆症や悪性腫瘍の骨転移に対して広く用いられている骨吸収抑制薬をはじめとした骨代謝に作用する薬剤の影響と、口腔内細菌の影響で顎骨に壊死や炎症を引き起こす病気のことを指します。代表的薬剤として、ビスフォスフォネート製剤、デノスマブが挙げられます。2003年にビスフォスフォネート製剤に関連したビスフォスフォネート製剤関連顎骨壊死(BRONJ)として初めて報告され、高齢化が進むわが国でも罹患率は増加傾向にあります。一般的に投与期間が長くなるほど、またステロイド投与や糖尿病など、人の免疫系に作用しそうな合併症が多いほど発症リスクが上がるとされています。発症率は悪性腫瘍転移抑制に使われる高用量製剤で数%、骨粗鬆症などに使われる低用量製剤で0.1%未満と推定されています。「薬剤関連顎骨骨髄炎」は平たく言うと、口の中の細菌が歯周病や虫歯だけでなく、その下の顎の骨にも到達し、骨に炎症をきたす病気です。骨髄炎、少し怖い病気というイメージがありますし、実際に顎の骨に発症しても怖い病気の部類に入ります。ただ、体の他の部分での骨髄炎よりはまだ軽症で終わることが多いと認識しています。

さてここで、骨の役割と人体について大変部分的ではありますが、解説を試みたいと思います。骨には体の形を作り支える大変重要な役割があります。人の骨は常に生成と吸収を繰り返しています。生成と吸収を繰り返しながら、血液中のカルシウム濃度を一定に保つ役割を果たしています。血液中のカルシウム濃度が高くなると、便秘、食欲不振、多尿などを引き起こし、さらに上昇すると、筋力低下や意識障害を引き起こします。このように骨は体の形を作るだけでなく、カルシウムのリザーバーとしての役割があります。

この時、体の中では骨芽細胞と破骨細胞が働いています。骨芽細胞が活躍すると、血液中のカルシウムが骨に添加され骨が固くなると同時に血液中のカルシウム濃度が低くなります。破骨細胞が活躍すると骨が分解され、骨の中のカルシウムが血液中に供給され血液中のカルシウム濃度が上昇します。

口腔内に目を向けてみましょう。口腔内には口腔内常在細菌叢(こうくうないじょうざいさいきんそう)といって多くの細菌が元々生息しています。また顎の骨には歯が植っています。そして口腔内常在細菌である歯周病菌や虫歯菌によって歯の健康は害され、歯周病や虫歯になり歯が失われていきます。その際、口腔内常在細菌は歯を伝って顎の骨に侵入します。顎の骨に侵入した細菌は、破骨細胞の働きで骨が壊されると同時に駆逐され体内への拡大が阻止されます。そして骨芽細胞が新しい骨を作ることで骨の形を保っています。顎の骨はこの様に歯を介して常に細菌にさらされる危険と隣り合わせにありますが、体の中でこの様な環境にある骨は顎の骨以外には有りません。これが歯と口腔内細菌と骨の大変特殊な関係です。

話を「薬剤関連顎骨壊死」「薬剤関連顎骨骨髄炎」に戻します。この病気と主に関連する薬剤は骨吸収抑制薬であるビスフォスフォネート製剤とデノスマブです。どちらも破骨細胞の働きを抑制し、骨吸収を妨げることで骨の硬さを保つ薬です。この働きによって骨粗鬆症の方は骨が硬く保たれ、悪性腫瘍の骨転移抑制につながると言われています。どちらの作用も大変強力で、それぞれの治療にとって大変有効です。これらの作用は、身体中全ての骨に効果を発揮します。もちろん歯が植っている顎の骨も例外ではありません。

前述した様に、歯周病は口腔内常在菌によって発症する顎の骨が吸収する病気です。この時も破骨細胞が活躍します。破骨細胞は歯肉や歯槽骨(顎の骨の一部)から体の中に侵入しようとした歯周病菌を、周囲のマクロファージと協働して駆除するという大変重要な役割も果たしています。顎の骨に侵入した細菌を、骨を壊しながら駆逐し、骨芽細胞によって新しい骨に置き換えていくという作業を延々と繰り返しています。ここで、骨吸収抑制薬を使用すると、破骨細胞の働きが極端に弱くなり、侵入した細菌を駆逐することができなくなります。そして細菌が感染した顎の骨が残ってしまう、そんな病気が「薬剤関連顎骨骨髄炎」、「骨吸収抑制薬関連顎骨骨髄炎」です。

では、これらの病気はどの様に治療されるのでしょうか。簡単にいうと原因になっている歯を抜き、感染した骨を削り取ります。当科では少しでも安全に治療を行うため、骨粗鬆症や骨転移の治療をしている処方医と連携をとっています。「薬剤関連顎骨骨髄炎」の治療に取り掛かる前に、これら薬剤の休薬や代替え薬への置き換えができないかを相談します。処方医は今使っている治療薬を休薬してどのくらいなら安全に骨粗鬆症や骨転移の治療ができるかを鑑みてお返事をくれます。休薬できた場合は、これら薬の成分が骨の中から消失するのを見計らって抜歯や感染した骨の除去を行います。その部分が治癒したら、再度処方医に連絡し中止してもらっていた処方薬の再開をお願いします。これが大まかな「薬剤関連顎骨骨髄炎」の治療内容です。

次に、あらかじめ病気を予想し、予防することはできないのでしょうか。

骨粗鬆症の予防については、専門家に委ねたいと思います。歯科口腔外科では歯と口腔の健康という観点から「薬剤関連顎骨骨髄炎」の予防について考えてみたいと思います。

歯と歯周組織が健康であれば、細菌の体内への侵入は防ぐことができますので、歯と歯周組織の健康を保つことで「薬剤関連顎骨骨髄炎」の予防ができると言い換えることができます。つまり、虫歯と歯周病にならない人はこの病気とはあまり縁がないとも言えます。この点でまず歯科医院での定期検診や口腔衛生指導、口腔衛生管理が大変重要です。

少し脱線しますが、医療の中で明らかに予防ができる病気が虫歯と歯周病です。それも大変安価な歯ブラシとデンタルフロスでその目的の大半を達成することができます。もちろん、すべての人が同じように歯磨きができるわけではありませんので、定期的な専門的チェックは必要不可欠です。30年前に比較して医療保険制度の中での、このポイントへの注目度は確実に上がり、かつ、皆さんの関心も高まっていると実感します。

歯と歯周組織の健康を保つことで、細菌の体内(顎の骨)への侵入を防ぎ、「薬剤関連顎骨骨髄炎」のリスクを下げることがでるということです。不幸にも虫歯や歯周病が進行し歯を失うことになるとしましょう。その時でもまだ遅くはなく、抜こうとしている歯の周囲をしっかりとクリーニングし細菌が顎の骨の中に入っていくことを最小限に抑えれば、「薬剤関連顎骨骨髄炎」に至るリスクを低下させることができます。これが私たち歯科医療者が考える「薬剤関連顎骨骨髄炎」の予防的治療です。

「薬剤関連顎骨骨髄炎」と言う病気にならないためには、ビスフォスフォネート製剤やデノスマブなどの骨吸収抑制薬を投与する前に、口腔環境を整えることが重要とも考えています。

骨粗鬆症の治療を受ける患者さんには、治療医から、これら薬剤の作用機序や注意点について説明されます。治療医からの説明とは別に、ビスフォスフォネート製剤やデノスマブが処方される場合、処方医や薬剤師が薬についての小冊子を患者さんに渡している場合があります。この冊子によると、投与開始前に歯科医院での口腔内チェックをお勧めしますと書いてあります。


最後に、歯科医療や歯科定期検診が一般化されたとはいえ、今でも数年歯科医院を受診していない未開の口腔環境を抱えている方も多く、その様な方がこの件をきっかけに口腔内環境改善に取り組むことを願っています。骨吸収抑制薬を使用する前に、口腔内細菌に犯されている虫歯や歯周病がある場合は、その処置を受け、「薬剤関連顎骨骨髄炎」に至らないことも願っています。もし万が一、この様な病気が疑われた場合には私たちが適切な治療を行っていますのでぜひ横浜栄共済病院歯科口腔外科を受診してください。

「説明と同意」が一般化された昨今でもこの件を理解していない患者さんがほとんどであることから、私たち医療者のコミュニケーションスキル向上にも課題はあると考えつつ今回の説明を終えたいと思います。かく言うこの文章も一般の方にはやや難しい内容であると認識した上で、少しでも皆さんの理解と健康に役立つことを祈念しております。

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