リハビリテーション科 作業療法士 中山 佳人
病気やケガなどにより、昨日までは当たり前だった日常生活が、ある日突然、変わってしまうことがあります。これまでの日常生活を取り戻す為に、当院のリハビリテーション室でも、毎日多くの患者さんが心身機能の回復の為の練習を行っています。脳卒中や交通事故による頭部外傷などを受傷された方の中には、手足の麻痺などがなく、一見すると以前と変わらないようにみえる方がいらっしゃいます。しかし、いざ日常生活に戻ろうとすると「言葉はでるけど、どこか会話が噛み合わない」「以前よりも怒りっぽくなった気がする」「集中力が続かず、簡単な作業でミスをしてしまう」などという戸惑いに直面することがあります。そのような戸惑いがある場合、それは、「高次脳機能障害」と呼ばれるものの可能性があります。
私たちの脳は、五感で情報を得て、それを整理し、判断し、行動に移すという、非常に高度な情報処理システムを瞬時に行っています。病気やケガで脳の一部が損傷されると、この情報処理システムがスムーズに働かなくなることがあります。これが「高次脳機能障害」です。高次脳機能障害には、「外見からは障害があることがわかりにくい」といった特徴があります。そのため、周囲からは「普通にみえる」のに、患者さん本人は「なぜかうまくいかない」という葛藤を抱えやすい障害でもあります。また、障害が「みえにくい」という特徴により、患者さん自身が症状に気づきにくいことがあります。
高次脳機能障害は、損傷した脳の場所によって現れる症状が千差万別です。代表的な症状の例には、以下のようなものがあります。
①注意障害:ぼんやりとしてミスが増える、二つのことを同時にできない、集中が続かない。具体例:周囲の音や話し声などで気が散り、食事に集中できない。
②記憶障害:新しいことが覚えられない。具体例:何度も同じ質問をする。
③遂行機能障害:段取りが立てられない、物事の優先順位がつけられない。具体例:料理や洗濯など、普段から行っている家事の手順がわからなくなる。
④社会的行動障害:感情のコントロールが難しくなる、場にそぐわない行動をしてしまう。
⑤半側空間無視:左側(または右側)にあるものに気づけない。具体例:左側(または右側)にある食事を残す。
私たちリハビリスタッフは、患者さんが入院生活の中でどのように行動しているかを観察します。「歯磨きは行えている?」「病室の場所は覚えている?」「病院スタッフとのやり取りはスムーズに行える?」など、これらはすべて、高次脳機能の評価を含んでいます。患者さんが抱える「しにくさ」の正体が何なのかを評価し、退院後にどのような場面で困るのかを予測し、ご本人やご家族と一緒に対策を考えます。高次脳機能障害は、長期的にゆっくりと改善の方向に向かいます。急性期から回復期だけでなく、維持期や在宅生活に至っても、リハビリテーションが必要となります。脳には「可塑性」という、変化し続ける力があります。また、適切な環境と周囲の関わり方次第で、生活の質は向上します。私たちリハビリスタッフは、患者さんの「しにくさ」を共有し、共に解決策を探していくことにも全力を尽くしていきます。
参考文献:
1.障害福祉サービス等事業者向け高次脳機能障害支援マニュアル、平成30-31年度 厚生労働科学研究、高次脳機能障害の特性に応じた支援マニュアルの開発のための研究班
2.高次脳機能障害者地域支援ハンドブック(改訂第六版)、東京都心身障害者福祉センター、令和5年3月発行
3.橋本圭司著、「高次脳を鍛える」、全日本病院出版会、2008
4.和田義明著、「リハビリスタッフ・支援者のためのやさしくわかる高次脳機能障害」、秀和システム、2012
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